144.グループ展

先日、アトリエつながりのメンバーでグループ展をした。
アトリエの元スタッフで、いまは抽象画家の韓美華先生と、
アトリエ現スタッフの梓先生、わたし、
土曜日大人クラスの山口さんの4名でのグループ展だ。

グループ展の会場は、横浜青葉区の瀟洒な住宅街にある
「ギャラリーカフェ リンデン」というギャラリーだった。

オーナーの近藤さんという女性が素敵な方で、
ことばの端々に(このギャラリーでイベントをする人の表現を応援しよう)という
気持ちが現れている方だった。

グループ展の作品は絵画を中心に、テキスタイルのオブジェやアクセサリーなど
さまざまな作品が並んだ。

作品のアプローチがひとによって全然違っていて、面白かった。

土曜日クラスの山口和也さんの作品は、
色合いと画面の切り取り方に特徴があって、
色々な人が足をとめているのが印象的だった。
色合いを言葉で伝えるのはむつかしいけれど、
スタイリッシュな青木繁?といったらいいのだろうか。

水曜日の先生、山口梓先生はテキスタイルから油彩まで、
自然や動植物をモチーフにしたいろいろな作品を展示していて、
彼女独特の生命観というか自然観が伺える、きもちのよい作品が並んだ。

美術に興味がある・ないに関わらず訪れたひとが親しみをもって作品を見ていて、
その世界観の懐の深さが、親しみを誘ったのかなと思った。

韓美華先生はもちろん抽象画だ。
みていると、いろいろなイメージが浮かんでは消えていく。
作品が、イメージを遊ばせる公園の入り口のような感じだなあと思った。

浮かぶイメージはみた人によっても違うだろうし、
その日、その時によっても違うと思う。
作品それぞれに、みか先生の制作意図はあるのだけれど、
それをわかって欲しいというよりは
「ここを入り口に、みんな自由に遊んでね!」
という気持ちの方が大きいように思えた。

たとえばみか先生が、夜の木々を見て、
なんとなく自分も木々も夜に溶けていくような、
一体感のようなものを感じて作品を描く。
そうすると、自分の中に深く沈みこみたいひとや、内省したい気分のひとに響く。
旅立ちだ!といった気分でみか先生が描いた作品は、
これから就職するひとや、新しいことに挑戦しようかな、と言う気分のひとに響く。

まあ、必ずそうなる、というわけではないとは思うのだが、
ギャラリーに在廊していて様子をみていると、そんな風に感じた。

自分の作品はどうだろう?とグループ展の期間中つらつらと考えた。

今回は物語を想定した4つ切りサイズくらいの水彩画と大きめの油絵を展示した。
気になったのは油絵だ。

それはアトリエの初夏に茂る雑草を描いたもので、
雑草の元気すぎる茂りっぷりや雑多な生命力のようなものを
描きたかった作品だった。

自分が描いたものなので、嫌いではないのだが、
ぐいぐい押してくるというか、暑苦しいというか、そういう印象があった。
(このひと、たぶんいいたいことはぎゅうぎゅうにあるのね。。)と
見た人が心の中でやや引く、といったような感じといったら伝わるだろうか。

茂りまくっている雑草を描いた絵なので、暑苦しくて良いといえばいいのだけれど、
その力がもっと整理された感じで伝わるように描けたらいいなあと思った。

全体目標は、いきものの生きている感じ、の「感じ」の自分なりの翻訳だ。
現在地は「表現を練り上げる」。
こつこつ制作を積み重ねて、ふりかえったときに
ぜんぜん違うものが見えるかもしれないけれど、
今はこれでいこうと思っている。

作品の内容以外でも、
「だれかに見てもらう」ということってこういうことなんだなあというのを
わざわざ足を運んでくださった方や、ふらりとギャラリーに立ち寄った方、
みか先生、リンデンの近藤さんからたくさん教えていただいた。

なんというか、定型文の「勉強させていただきました」ではなく、ほんとに勉強になった。

みか先生には、「こういうことが勉強になったんだ。ありがとう」と
対面でお伝えして、言いたいことがぜんぜんうまく言えなかったのだけれど、
みか先生はまっすぐ頷いてくださっていた。
いつもの「アトリエのみか先生」ではない、
表現で食べていこうとしている作家さんがそこにいる、と思った。

ありがとうございました。楽しかった。

またやりたいなと思う。