120. 桜をみる

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今年は花見に真剣に取り組もうと思い立ち、やってみた。

ここ何年も、「ああもうちょっとしっかり桜を見たかったな」と思っていたので、
今年は桜見物を全ての最優先にする、ときめた。

桜は待ったなしで、自分の都合では咲いてくれない。仕事だから。。と言っていては、
いつまでたっても桜はしっかり見られないぞ、と思ったからだ。

咲き始めの夜桜はアトリエいらしていた皆さんと一緒に見物した。

思い思いの飲み物を手に、立ったままの桜見物だったけれど、
ふっくらとしたつぼみが自分が知っている桜よりもずっと濃い紅色をしていて、
波飛沫が頭の上から降ってくるように見えた。

枝から月が透けて見えて、
日が落ちたばかりの街の夜景もきれいで、いいなあと思った。

5、6分咲きの桜は、夫婦で休日に見た。
「さくらめぐりフェア」と称して近所の桜を探してねり歩いたのだ。
小学校や団地の公園だけでなく、ふつうの住宅に見事な桜があったりして、
自分が思ったよりもずっとたくさん桜があるのだなあ。。。と思った。

近所の川沿いの桜は川に向かって手を差し伸べているようで、とても素敵だった。

夜桜もみようと思い、平日アトリエクローズ後にスタッフ3人で花見をした。

超特急でつくった花見弁当を芝生に座って食べながら、降るような桜を見た。
7分咲き位だった。
じっくり見ることができるはずだったのに

仕事後で腹をすかせていたせいか、弁当のほうに集中してしまった。惜しかった。

しっかりみなかったくせに「夜桜がきれいでしたよ」と家で自慢をしたところ、
翌日夫は早く帰ってきた。桜を見ようとのこと。

そのまま二人で川沿いの夜桜を見物に夜の散歩をした。
平日の夜だったので人が殆どいない、とても贅沢な桜だった。

川のさらさらと流れる音を背景に、桜が視界いっぱいにひろがっていた。
花で向こうが見えない位で、二人でいるのにしん、とした気分になった。

生姜をたっぷり入れた熱い甘酒を飲みながら、「いいねえ」といいあった。

それぞれ好きな樹の下で桜を楽しんでいたら、
「うおっ」と声がした。
何かと思ったら暗いので、夫が犬の糞を踏んづけたらしかった。

ずりっ

ずりっ

と、川の音と、桜のひそひそした葉ずれのような、花びらが触れあうような気配と一緒に、
糞をふんづけた靴底をなんとかきれいにしようと片足をひきずる夫の歩く音が耳に残った。

何度も桜は見たけれど、やはり一人で桜に取り組みたいと思い、時間を作って桜をみた。

一人で見る桜は、桜とわたしの二人きりだ。
下に立って桜に包まれる気配を楽しんで、
スケッチしてじっくり細部に入り込んで楽しんで、
樹の幹の力の入り具合を楽しんで、桜の下をゆっくりと歩く見物客を見て楽しんだ。

写真を撮ると、もう桜を集中して味わっているのとは違う気がする。
飲み食いしたり、誰かと一緒は楽しいけれど、会話やたべものに注意が行ってしまう。
ちびっこと一緒の時は無事全員が帰ることが一番になる。

ただ桜が見たかったのだ。

そういう意味でも、今年は桜に真剣に取り組んだ。

散り始めは朝に早起きして見た。
まだ足跡がついていない遊歩道は雪が降ったみたいだった。

がくだけになった桜の木のそばで、こんどは他の樹の芽がたくさん出ていた。