108. 羽菜ちゃんのデッサン

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羽菜ちゃんは、小学2年生の女の子だ。
アトリエには一昨年から通うようになった。

アトリエに通ってくるひとは、大抵つくることが好きではいってくるのだけれど、
はなちゃんはその好き、の度合いが半端ではない。
恐ろしくつくることが好きなのだと思う。

アイデアが浮かんで、作りたいもの、描きたいものが定まると、
もうそこからはノンストップだ。

あるとき、はなちゃんはケーキの絵を集中して描いていた。

突然「ぶはっ」というような音がしたので振り向いたら、
息をするのを忘れていたのだらしい。
顔を真っ赤にしていた。

ある日は別の部屋で行われている、
お兄さんお姉さんの受験デッサンに興味をもったらしい。

「はなも描く」というので、
受験生のひとに描いてもらっているモチーフをそのまま、同じ場所で描いてもらった。

「デッサンってなに?」と聞かれたので、思わず語ってしまった。

「それは。。。すごくむつかしい質問なんです。
鉛筆で、よーーーく見てものをえがく、っていうことなんですけれど、
形や長さとかがそっくりなことが大前提っていう考え方があったり、
あ、建築、お家とかを作る人や大学の試験はこれです。
今日のお兄さん達が描いていたのはその考え方のやつです。
ほかには、このビンがある、ということや、描いたひとの気持ちなんかが
しっかり紙から伝わればいいよね、という考え方があったりするんです。。。」

小学校2年生の女子にこの説明はどうなんだと自分でも思ったが、
羽菜ちゃんは、ぽかん、とした顔で途中まで聞き、
そして真面目に「そっくりならうまい?」と言ってきた。

「いや!!それもけっこうむつかしい問題だと思うんです!!
また話がながくなっちゃうからやめますけどね。
あ、でも絵の「うまい」は「おいしい」といっしょで、
いろいろあると個人的に思ってるんです。
はなちゃんは、とにかく、このビンと布を、よーーーーく見て、
鉛筆でこの紙の中につれてきてあげて欲しいんです。」

理解をしてもらえなくても、まじめに自分の所見を答えるのがアトリエの習いだ。

はなちゃんは首をかしげて聞いていたが、
「鉛筆たくさんつかうよね」と言って、芯の濃さが違う鉛筆を数本持ってきた。
受験デッサンで描いているひとを見て覚えたのだろう。

鉛筆の芯の濃さの違いをクロッキー帳に描きながら説明し、
そのあとは実際の制作時間となった。

目線がモチーフと紙をひっきりなしに行き来していて、本当によく見てくれているのがわかる。

そのうちはなちゃんは急に立ち上がると、がっ!!とワイン瓶をわしづかみにした。

細かいところをよく見たい、ということなのだろう。
うーーんすごい、わしづかみか!

はなちゃんはビンをわしづかんだまま、椅子から立ち上がった。
身体ごとのりだすようにしてビンをひねくりまわしながら、
裏をみたりラベルをじーっと見て自分の絵のラベルに文字を書き加えたりしていた。

小一時間ほど描いたろうか。
描き過ぎて見た目の仕上がりは納得できる出来とはならなかったようだった。
それでも私は、すごい一日だ、と思った日だった。

余談になるが、そんなはなちゃんも、アトリエに通いたての頃は滑舌がかわいかった。

はなちゃん来たねー! 今日はなにをつくりますか」
「うーんとね、チェーチ」

ちぇーち?

「いちごとかの」

いちごとかの?

私よりも宇都宮先生が先に理解して、
「ああ、ケーキね。誕生日ケーキ?絵の具で描く?クレヨン?」
等々話をついでくれた。

。。。うっちゃん、なんでわかるんだ。。。。。
と思ったことと合わせて、記憶に残っている。