102. カンパネルラの孫

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かつての職場だった大学の金属工芸研究室が引っ越しとなった。

耐震性に問題があるとかで、同じ学内にある、
かつては食堂だった建物に引っ越す事になったのだ。
それを聞いた時はけっこうショックだった。

所属は全く違う研究室だったのに、何かあると飛び込んでぐちを聞いてもらったり、
お茶をもらったりしたのは金工の先生だったので、とても愛着があったからだ。

先生が受け取るお土産セット(焼酎「いいちこ」、ミックスナッツ、オイルサーディン)は
欠かさなかったけれど、けっこう急にたずねることも多かったので、先生には迷惑な客だったと思う。

先生は「またきたのか」とか、「今日は忙しいから帰んなさい」とか、
わりと暴言の限りを尽くすのだが、そう言いつつかならず手を止めて、お茶を一杯入れて下さる。
そのお茶がじんわりとおいしくて、それを飲むと
のど元まで出かかっていた困った事やぐちもどこかにいってしまい、
あとは延々と先生の民具についてや道具のルーツの話を聞くことになったものだった。

その研究室がなくなってしまうなんて、
ふるさとがダムに沈んじゃう村に生まれた人ってこんな気持ちなのかなあ。。
と思ったりしていたのだが、
いらしているお二人の先生はすごく飄々としていらした。

先日、引っ越し先の新しい研究室を訪ねると、
新しい食堂だった建物も、みごとに先生方が住み心地がよいように散らかしていて、
お二人とも快適そうにすごしていらした。
さすがのしぶとさだ。。と、思わずにやにやしてしまった。

新しい研究室の窓辺には1畳の畳が敷かれていて、先生の古い茶箪笥や棚がならび、
箱の上に板を渡した書き物スペースが作られていた。
その書き物スペースの上には本とスタンドが置かれていた。
ここで先生のは窓の外を見ながら本を読むのだな、と思い嬉しくなった。

「先生どうですか新しいところは」と聞くと、
「孫が来るようになりましてね、驚いています」とのこと。
「?先生、お孫さんらっしゃいましたっけ?息子さん、大学生だったのでは?」
「いや家にいた猫の孫です」
「猫。。。」
よく聞くと、次のような話だった。
十年ほど前に、ひどい怪我をしている猫を拾って、
「カンパネルラ」と名前をつけた。
しっぽに特徴がある縞模様があり、先がかぎ形に曲がっている猫だった。

助からないと思ったが、元気になって家に住み着くようになった。
春のある日にふっと居なくなり、一生懸命探したが、
ひと月ほどしてまた大けがをして戻って来た。
「今回こそは助からない」と獣医に言われたが再び回復し、
半年ほど家に居たがふらりと出て行ったまま戻らなくなった。。。

もう帰らないな、と思って半年ほどだろうか、
近所の知り合いのところにいる雌猫に赤ちゃんができて、
いらないか、と言われた。
見に行くと、カンパネルラと同じ顔つき、
同じしっぽの仔猫で、カンパネルラの子供としか思えない。
何かの縁だと思い、今はその仔猫を飼っている。

そしてここからが本題なのだが(と、先生が言った)、
新しい今の校舎へ移ってからはじめての夕方、校舎の外で猫をみた。
自宅の猫にそっくりだったので、うちの猫が来たのかと思ったが、
ちがうらしい。野良猫でなかなか近よらない。
それでもえさをやっていたら、すこしずつ人慣れしてきた。
夕方にしか出てこないが、明かりの下で見てみるとどう見ても
見覚えのあるしっぽ、見覚えのある顔つきをしている。
うちの猫より若いので、カンパネルラの子孫だと仮定すると孫あたりだろう。
自宅から研究室は3キロほど離れているが、
カンパネルラは方々に子孫を残し、
その孫が他でもない、わたしの新しい研究室にやってきた、と考えると何だか楽しい。
「それにですね」
と先生は内緒話をするような声で話した。
先日、旧校舎の解体作業跡を見に行ったら、靴底に刺さるものがある。
何かと思ったら、ウン十年間使っていた、旧校舎の研究室のドアノブだった。
文字通りの、山のような瓦礫のなかで、偶然にもこれが見つかったのも縁だと思って、
少しつぶれていたけれど、持って帰ってきた。今の校舎のドアに付け替えている。
「そんなわけで、この場所にもご縁はあるのだなあと思いましてね。
楽しくやっている次第です」
といって、先生はおいしそうに焼酎を飲んだ。
先生が楽しいと思っている「ご縁」が
どんなものなのかはわたしにはわからない。
でも、偶然を偶然でなく感じられるって、
きっとすごく楽しいことだなあ。。。と思って聞いた話だった。