084. ジェントルマン

084
ここのところ毎日、電車で都内へでかけている。

朝の通勤ラッシュのピークより少し遅れているのだが
まだぎゅうぎゅうに混んでいる時間帯だ。
ふだんはバイクで通勤しているので、新鮮だよなあと思っている。

はじめは混んでいる車内におどろいてしまっていたのだが、
よく見ると、通勤になれている達人組と、わたしのような
たまたまこの時間にのりあわせた不慣れ組に
はっきり分かれているようだった。

先日、長身のサラリーマン、といった雰囲気の男性が、
すうっと空いた席に座った。身だしなみも、動きも大変スマートだ。
(おお、これはきっと達人だ)と思いながら見ていた。
そのうち、そのジェントルなサラリーマンの方は疲れているのだろうか、
しずかに居眠りをはじめた。
(居眠りまでなんだかお行儀がよいなあ。。。)と思いつつ、
その前に立ち、文庫本を小さく開いて読んでいたら、下からこつん、と衝撃を感じた。
前に座っているジェントルサラリーマンの方の、こっくりの動きが大きくなりすぎて、
頭が本にあたってしまっていたのだ。
(ああ、長身だからあたってしまうのか、すみません)と思いつつ、本を上に引き上げて
読書を続けたが、こつん、こつんは続いた。
わるいなあとは思ったが、読書はやめたくなかったのでそのまま続行した。

下北沢でその方が降りるようだったので、
(本があたってすみません)という意味で、つり革の持ち手を持ち上げて、
その方が通りやすいようにした。
そのとたん手が滑って持ち手を持ちそこなってしまい、ブランコのように
つり革の持ち手がいきおいよくジェントルサラリーマンの顔面を直撃してしまった。

「こつん」と音がしたので、結構痛かったのではないかと思う。
(おおお)と思い、大変あせったが、
なぜかその方は私をまっすぐ見て、こっくりとうなずき、
そのまま電車を降りて行った。

別の日には、口ひげをはやした、デザイナー風の男性が
急に顔を真っ赤にして、全身でぷるぷるふるえていた。
何かと思ったら、アタッシュケースを下げている手が女性の身体に触れそうだったので、
隙間を空けようと混んでいる車内で身体をねじっているのだった。

また別の日には、がっちりした短躯の老紳士が近くに乗車してきて、
混んできてもなお、頑として動かず堤防のように人波をブロックしてくれていた。
菊の形のようなバッジをジャケットにつけていて、仕立てのよいスーツを着ている。

最初は(ありがとうございます)と思っていたのだが、どんなに混んでも
結界があるかのごとく必死に動かないので、
しまいには(もしや私は今日、臭いのかもしれない)と思ってしまった。

下北沢で降りた長身の男性のうなづきが何のうなづきだったのか
いまだに全くわからないが、
電車の中にはジェントルマンがいっぱいいるということだけは確かだ、と思っている。