071. 沈黙

071
自分の夏休みが始まったばかりの時は、
まだ日常が体から抜けないのと、早くまとめて時間を作りたいのとで
あっちこっちと忙しく用事を済ませて回っていた。

概ね気になっていた用事が済んだころ、(一日くらいぶらぶらしてみよう)と
電車にのって、都内をぶらぶらした。

夕方になりお腹がすいたので、下北沢の小さな台湾料理屋に入った。
まだ早い時間だったので、先客は老婦人の二人連れしかお客はいなかった。

私はテイクアウトにして帰ろうと思っていたので、
お店の人がいれてくれたお茶を飲みながら、老婦人二人の会話を聞くともなく聞いていた。
お二人は耳が少し遠いのか、かなり大きな声で会話をしていた。

お一人はドイツで生まれてオーストラリアとインドに長く暮らした、とおっしゃっていた。
灰褐色の目に眼鏡をかけている。
痩せて背の高いひとで、もう一人の老婦人のお話に身をかがめて耳を傾けていた。

もうお一人は小柄なまさに「日本のおばあちゃん」といった感じで、
シートに座る姿がちんまりとしていた。
黒々としたちぢれ髪と日焼けした肌が元気いっぱいな感じで、声にも張りがある。
以前はハワイにいたとのこと。

どうも体操??か何かの習い事で同じクラスだったようで、
ドイツのご夫人が本国へ帰るため、
以前からお互いに話してみたかった二人が食事をすることになったらしい。

戦争の事や子育てが終わってどう過ごしたか、
等々とりとめもなく話していたが、
ぽつん、ぽつん、と会話に長い間が空くのが印象的だった。

お互い向かい合わせに座らず、
ベンチシートの隣同士にすわって、同じ方向をみて黙っている。

会話の内容がきっかけになって、それぞれご自分の今までに思いを巡らせているのだろうか。
沈黙のあと、ゆっくり話して、相手の話を傾聴して、また黙って、という
ゆったりしたリズムが素敵だなあと思った。

沈黙が恐いのだろうか、お互いの話を聞いていないのでは、と思うくらい、
つんのめるように早口に会話する学生さんらしき人をたまに見るけれど、
こういうのって年輪の差なのかなあと思いながらお二人を見ていた。

私が注文した料理はわりあいすぐにできあがってきたので、お勘定を済ませて店を出た。

もうちょっと聞いていたかったな、と思った。