034. 一杯のお茶

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大学に勤めていたころ、大好きな工芸の先生がいて、
何かあるごとに研究室にお邪魔していた。

仕事上で困りきったときや、嬉しいことがあったとき、
プライベート上で悩んでしまっているとき、用事がとくにないときも
柿の種をおみやげに、お邪魔していた。

先生は、オイルサーディンと柿の種とミックスナッツなら受け取るが、
他のもの、たとえばケーキなど持って行っても受け取ってくれない。
だから、いつも「もらってくれるおやつ(?)」を
ローテーションで持って行っていた。

困りきって、すっかりしょんぼりして伺う時でも、
うれしいことを報告する時でも、人生相談?のために伺う時でも、
先生の対応はいつでも同じだった。

まずは仕事の手を止めて、鉄瓶にお湯をわかして、緑茶を一杯いれてくださる。
忙しいときでも、ほとんどの時は一時中断して、お茶の時間になる。

あとは、えんえんと先生が、その時興味をもっている事を聞くのだ。
「さとうさん、この道具はしっていますか」
「・・・わかりません」
「デザイン出身は手の仕事を知らな過ぎますね。。これは、装飾用の、のみですよ。
江戸時代からあります。これを使うと木目が美しく出ます」

このような調子で、アジアの農具のルーツだの、名字のルーツだのを聞くはめになる。

相談じみた会話は実はほとんどなかったけれど、
お茶を頂いて、お話を伺っているうちに、
どこかほっとして、がんばろうと思ったり、解決の糸口を思いついたりしたものだ。

大きな湯飲みにつがれた緑茶は、いつでもびっくりするほどおいしかった。

お世辞ではなく、ほんとうにおいしかった。

いつでも、絶妙の温度で、濃さもちょうど良くて、
ただの竹の茶こしで、ふつうのお茶の葉で、むぞうさに出てくるのに、
どうしてこんなにおいしいのだろうと不思議に思ったものだった。
飲むと同時に、心の底からじんわり嬉しくなったものだ。

それから10年近く経っただろうか。
今は、私がお茶を煎れる側になった。

アトリエでは、いらした方に、「まずは一杯」と
お茶をさしあげるようにしているからだ。

人数が多くなってしまった曜日や時間でも、
この「一杯のお茶」だけは欠かしたくないと思っている。

そしていつかは、先生のようなおいしいお茶が、いつも出せるアトリエになりたい・・・
と思いつつ、毎週、やかんから直接お茶をどぼどぼ注いでいる