013. 大きくなったら

013
小学生くらいの頃、「おおきくなったら」と思うことがよくあった。
今は小さくて無理だけれど、大きくなったらきっとできるんだ、
早く大人になりたいなあと思っていた。

一方で、大人になったら何になりたい?という質問は大の苦手だった。
どんなふうになりたいのか漠然としたイメージはあったけれど、
それが具体的にどういった職業になり、
どのような言葉になるのかわからなかったのだ。

「おおきくなったらやってみたい事」のなかで簡単なものは、サラリーマンの時に次々とやった。

たとえば、「ホールのケーキをまるごと一人で食べてみる」。
類似の案件に「すいかを丸ごと一個、一人でスプーンで食べる」もあったが、
これはお腹がいっぱいになり実現できなかった。
その他には築地でさんまを仕入れ七輪で焼いて食べる等のマニアックなものもあったが、
簡単なものは大概、何かを買うとか、どこかに行くなどということが多かったようだ。

むつかしい「おおきくなったらやってみたい事」は、たとえば「こんな大人になりたい」とか
「こういう事をして暮らしたい」等で、これは幸運なことに、少しずづつだが近付きつつある。

気がつくと、私は今でもよく(おおきくなったら・・)と考えている。

(大きくなったらこの全集を買いたいなあ)とか、
(大きくなったらこの人に恩返ししたい)とか、
(大きくなったらこれがわかるようになるのだろうか)等々だ。

先日、お気に入りの古本屋さんで文庫を一冊買った際に、
ある小説家が好きであるという話になった。
すると、「これ、あげる」と、その作家さん本人のサイン入りの自選集を
文庫の「おまけ」で頂いてしまった。昔の立派な皮張りの表紙の本だ。

店で眠っているよりも好きな人に大事にされたほうが良いから、との事だが、
あまりの事に固辞すると「受け取らねば縁を切る」との弁。
嬉しいやら申し訳ないやら、切ない気持ちで、
(おおきくなったら、お店の売り上げに役に立つ人になります)
と思い、店を出た。

どうしたらおおきくなれるのだろう。ご飯を沢山食べればよいのだろうか。