005. 出会う

005
大人と子どもってなにが違うのだろうとよく考える。
生きている年数が違う。体の大きさが違う。社会的に、扶養する側と扶養される側。
違いは数えあげればきりがない。

でもやっぱり、「なにがちがうのだろう」と考えてしまう。

小学生や、中学生、あるいは大人など、様々な年頃のひとの作品をみていると、
どうしても考えてしまうのだ。

画面にあらわれる、響きのある色、激しさ、調和、不安、イメージ・・・。
手法になれていないが故の現れにくさや、おぼつかなさ、ちゃんとやらなくっちゃ、という気持ちからくる
ある型の踏襲などを差し引くと、そこには、生きた年数を超えたその人のなにかがかならず見え隠れする。
そういうものを感じると、すみませんとひれ伏すような気分になってしまう。
同時に、すごくどきどきする。

まるで、そのひとそのものに触れているような感じがするからだ。

ナイーブすぎる考え方かもしれないけれど、表現したものをまん中にして、
何十時間もの会話、たくさんのその人の「おはなし」を飛び越えて、互いに出会う事は可能だとおもってしまう。

そういう出会いかたは、たとえば、一瞬の間の目配せに似ている気がする。
一言も話さないけれど伝わる、あの感じだ。

自分をモデムのようにして、キュルキュルっと作品の雑味をすりぬけて、
出会いにでかけるのは、実際は動かないけれど、ちょっとあなたの世界までお出かけ、
といった感じの楽しいアクションだ。

だから何度でも出会いに出かけて行きたい。
はじめてデートしにいくみたいに、どきどきしながら。